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2023.10.16

淋菌

クラミジア

特集

不妊の原因となる骨盤内炎症疾患(PID)について -日本では広まっていない欧米標準治療法-

性感染症には、不妊のリスクがあります。しかし、感染するだけで不妊になるわけではありません。

子宮、卵巣の方へ進展すると骨盤内炎症疾患(PID)と呼ばれる状態となり、不妊の原因となります。
性感染症は無症状のことも多く、気づかないうちにPIDへ進行していることが多いです。

一方、治療法としては不妊を防ぐことを第一に欧米で確立されていますが、国内ではまだまだ広まっていません。
これらについて解説していきます。

PIDサムネイル
*この記事は、世界で最も信頼性のあるメタアナリシス(様々な研究・文献を統合して判断すること)エビデンスの1つであるUpToDate(https://www.uptodate.com)をエビデンスとして記載しております。

 

 

ある症例

 

ある若年女性が当院に来院されました。

数か月前に、骨盤痛と不正出血を来し、他院でクラミジアと診断され、クラミジアの通常治療(アジスロマイシン1000mg)を受けられました。
その後、慢性的な骨盤痛と卵管水腫(卵管のできもの)による不妊に苦しんでいるということでした。

来院数日前から、骨盤痛の悪化・発熱が見られて相談に来院されました。
身体所見等からPIDを疑い、セフトリアキソン+ビブラマイシン+メトロニダゾールで加療しました。
省みると、初期治療でPIDとして適切な(欧米標準)治療をされていれば、慢性的な骨盤痛にも不妊にもならなかったと考えられます。
度々このような症例に遭遇し、無力感にさいなまれます。
これは、PIDのマネジメントが国内でも欧米標準に変わり、それが十分に周知されれば防げる症例です。

 

骨盤内炎症疾患(PID)について

 

性感染症のうち、淋菌・クラミジアは、女性では子宮頸部に感染します。
その後、15-30%の確率で(1, 2)、菌が上行し、子宮や卵巣に感染することがあります。
その状態においては、炎症が骨盤内(子宮・卵巣)まで波及していることになるため、骨盤内炎症疾患(PID)と呼ばれます。

淋菌・クラミジアが、子宮頸部に留まっている時の症状はおりものの変化等ですが、PIDになると、腹痛を来します。
他にも、1/3のケースで不正出血を呈し(3)、発熱がみられることもあります。
また、最も特徴的な症状は性交時の挿入の衝撃によって痛みが悪化することであり、これがあるとPIDの可能性が高いです。一方、ほとんど症状を引き起こさないこともあります。

PIDとは
 

PIDと不妊について

 

PIDを発症した場合、治癒した後でも卵管にできもの(=卵管水腫)が形成されることがあります。
卵管水腫が形成されなくても、卵管に永続的な損傷が残存することがあります。

これらにより、不妊を来すこととなります。
淋菌、クラミジアの有病率は高く(それぞれ1.1%と1.7%)(4)、それらから15-30%でPIDとなるため、PIDによる不妊の件数は高くなります。

ある報告では、112名の不妊患者のうち、36名(32%)の不妊の原因がPIDでした。
また、そのうち25名は症状がなく、PIDに罹患していたことに気づいていませんでした(5)。

ここが恐ろしいところで、淋菌・クラミジアは無症状率が高く(それぞれ70%と85%)(6, 7)、PIDでも無症状がありうるため、気づかないうちに不妊が引き起こされてしまいます。

もう1つ怖いこととして、治療の遅れが不妊に重大な影響を及ぼすことがあります。
PIDの治療が3日以上遅れた場合、不妊となる可能性が3倍高くなったという報告があります(8)。
クラミジアに感染した女性において、治療が遅れた場合、17.8%のケースで不妊となりました。

また、PIDを発症した場合、1/3のケースで慢性骨盤痛という後遺症を来します(9)。

PIDと不妊
 

治療について

 

上記で述べたように、PIDは不妊の原因となり、治療の遅れでそのリスクが高まります。
そのため、UpToDateやCDCといった欧米のガイドラインでは、「病歴と身体所見から疑えばすぐに治療を開始すべき」となっています(10, 11)。
「さらなる診断的検査を進めても良いが、それを待っていることで治療を遅らせてはならない」とされています。

病歴と身体所見によるPIDの感度(PIDを正しく判定できる確率)は65~90%(12)と高くはないですが、それにより不妊となるリスクを重要視すべきという見解です。

治療方法としては、セフトリアキソン、ドキシサイクリン、メトロニダゾールの3剤併用治療が必要とされています。

PID治療
また、PIDを疑った際に通常性感染症検査が行われますが、その結果で淋菌やクラミジアが陰性であっても、この治療法を変更してはいけないとされています。
結果が正しくなく(偽陰性)、PIDを完治できなかった場合、不妊リスクが増加するためです。

国内のガイドラインでは、このあたりの記載が不十分です(13)。
改善されていくことを期待しています。

同様のことは卵巣膿腫と呼ばれる卵巣疾患にも見受けられます。

卵巣嚢腫も欧米のガイドラインでは、外科的切除か、セフトリアキソン、ビブラマイシン、メトロニダゾールの3剤併用治療となっていますが(14)、国内のガイドラインでは明確ではありません(13)。
エビデンスがより確実な欧米の治療法が国内のガイドラインへ反映されていないのは、日本では婦人科と感染症科の連携が不十分なことが原因なように感じています。

予防会も性感染症検査・治療に携わる機関として、国内においても、欧米の標準治療が行われるようになるよう情報発信等に努力していきたいと思います。

 

まとめ

 

 

淋菌・クラミジア感染の10-15%において、骨盤内炎症疾患(PID)へ進展する

気づかないうちにPIDから不妊となっていることがある
定期的な検査が必要

PIDを疑えば不妊を回避するため、直ちに、三剤併用療法で治療することが望ましい
性感染症治療に精通した病院での治療が必要

 

 

  • Stamm WE, Guinan ME, Johnson C, et al. Effect of treatment regimens for Neisseria gonorrhoeae on simultaneous infection with Chlamydia trachomatis. N Engl J Med 1984; 310:545.
  • Eschenbach DA, Buchanan TM, Pollock HM, et al. Polymicrobial etiology of acute pelvic inflammatory disease. N Engl J Med 1975; 293:166.
  • Wiesenfeld HC, Sweet RL, Ness RB, et al. Comparison of acute and subclinical pelvic inflammatory disease. Sex Transm Dis 2005; 32:400
  • WHO Fact Sheets: Sexually transmitted infections (STIs)
  • Wølner-Hanssen P. Silent pelvic inflammatory disease: is it overstated? Obstet Gynecol 1995; 86:321.
  • McCormack WM, Stumacher RJ, Johnson K, Donner A. Clinical spectrum of gonococcal infection in women. Lancet 1977; 1:1182.
  • Detels R, Green AM, Klausner JD, et al. The incidence and correlates of symptomatic and asymptomatic Chlamydia trachomatis and Neisseria gonorrhoeae infections in selected populations in five countries. Sex Transm Dis 2011; 38:503.
  • Hillis SD, Joesoef R, Marchbanks PA, et al. Delayed care of pelvic inflammatory disease as a risk factor for impaired fertility. Am J Obstet Gynecol 1993; 168:1503.
  • Ness RB, Soper DE, Holley RL, et al. Effectiveness of inpatient and outpatient treatment strategies for women with pelvic inflammatory disease: results from the Pelvic Inflammatory Disease Evaluation and Clinical Health (PEACH) Randomized Trial. Am J Obstet Gynecol 2002; 186:929.
  • CDC Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021: Pelvic Inflammatory Disease (PID)
  • UpToDate: Pelvic inflammatory disease: Clinical manifestations and diagnosis, Pelvic inflammatory disease: Treatment in adults and adolescents
  • Peipert JF, Boardman LA, Sung CJ. Performance of clinical and laparoscopic criteria for the diagnosis of upper genital tract infection. Infect Dis Obstet Gynecol 1997; 5:291.
  • 産婦人科診療ガイドライン-婦人科外来編2020-
  • UpToDate: Management and complications of tubo-ovarian abscess

記事の執筆


著者情報 新宿サテライトクリニック 院長 北岡 一樹(きたおか かずき)

予防会 新宿サテライトクリニック 院長
早稲田大学招聘研究員

北岡 一樹(きたおか かずき)

三重大学医学部卒業後、同大学医学部附属病院で研修を行った後、内科勤務しながら、名古屋大学大学院細菌学博士課程へ入学。薬剤耐性菌研究に携わり、博士(医学)取得。
その後、早稲田大学で招聘研究員として研究を開始。同時に、医療法人社団予防会新宿サテライトクリニックで性感染症診療も開始し、現在、院長を務めている。
性感染症について診療だけでなく研究も行っており、ファージを用いた性感染症予防の実現(性感染症予防のゲームチェンジャー)に取り組んでいる。

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